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​左官の歴史

 左官とは、建物の壁や床、塀などを、(こて)を使ってモルタルや土、石膏などを塗り付けて仕上る職種のことです。

 左官の歴史は古く、557年、法興寺(飛鳥寺)建設に百済(くだら)から工人を招き、土(つち)塗壁(ぬりかべ)伝来されたとの記録が残っており、古代の時代より続く伝統的な職種です。

 左官の名前の由来も諸説あり、宮中などの禁裏(きんり)の入場で、無冠では入れないため、佐官という属を使ったからとか、相撲の番付のように、

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​東京駅 天井ドームの飾りは左官工が作り上げたものです

右を上と見ていたので、大工を右官、壁を作るのを左官としたとか、色々な説があり、現在でもはっきりとしたものがありません。

 左官の歴史の中で、江戸時代は特別な時代で、江戸の町は度々、大火(たいか)に見舞われることがあり火事の対策として、中は木造で外壁を土で塗り作る「土蔵(どぞう)」が幕府より推奨されます。

 壁厚が、7寸(すん)2分(ぶ)(約22cm)もある土蔵は、耐火性(たいかせい)に優れた建築物となりました。ですが、関東大震災では、土壁の強度の問題で、数多く消失され、土に代わる材料として、セメントモルタルに変わることになります。

 土から、コンクリート、モルタルに材料は変わりましたが、「鏝」のみで、壁や床を仕上げる伝統的な職種。それが左官です。